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1/43 PMA Renault R26 2006 F.ALONSO

この年のF1は何と言っても「皇帝」M.シューマッハの引退に尽きる。
第17戦日本GPは最後のSuzuka開催と言われており(後に富士と隔年で開催が決定)
最後のSuzukaで、しかもシューマッハとアロンソのタイトルが決まるという大注目のレースとなった。

決勝ではPPのマッサを差し置いて快調にリードを広げたシューマッハだったが、レースも後半に
差し掛かったところでフェラーリF2006のエンジンがブロー。
結果アロンソの逆転勝利=2006年ワールドチャンピオン確定となった。

ルノーとしては2年連続でのコンストラクターズ&ドライバーのWタイトル獲得となり
結果だけ見れば完璧な勝利を収めたのだ。

しかしシーズンを通して見ると実際にはルノーR26のパフォーマンスは常にギリギリで、
マシン性能の追い込みすぎによるリタイアは数知れず。
更に来年からはミシュランタイヤは撤退、ブリヂストンワンメイクが確定しており
ライバルに対し低パフォーマンスとなるのは確実となった。

アロンソはこの年限りでルノーを去り、従来の速さ+信頼性を獲得した、
上り調子のマクラーレンへ移籍し、3年連続のワールドチャンピオンへと望むのであった。
この読みは的を射ており、MP4-22のパフォーマンスは非常に高かったが
マシンパフォーマンス以外で2007年シーズンのアロンソは人生最悪の時を過ごすことになるのだが・・・
1/43 PMA VODAFONE MCLAREN MERCEDES MP4-22 2007 F.ALONSO

総帥ロンデニスの元へカーナンバー1を携えてやってきたワールドチャンピオン、フェルナンドアロンソ。
最高のマシンMP4-22+最高のドライバーが組み合わさり、2007年最強のチームとなるはずであった。
セカンドドライバーとして迎え入れられたのはロンデニスの秘蔵っ子ルイスハミルトン。
GP2上がりのF1一年生は理想的なアロンソのサポーター役となるはずであった。

しかし2007年のチャンピオンシップ争いは予想以上に混乱を極めた。
一発の速さは光るものの、信頼性の乏しいマクラーレンに嫌気が差しスピンアウトしたキミライコネンは
最大のライバルフェラーリへ移籍、2年目のマッサも高いパフォーマンスを発揮。

更には新人であるはずのハミルトンまでもがチャンピオンシップに絡んでくる始末で、
アロンソの完璧な計画は脆くも崩れ去ったのだった。

特にチーム内での派閥争いは熾烈を極め、同じチームでありながら事実上は完全に2分割されてしまった。
一進一退が続くチャンピオンシップで、少しづつリードを拡げ始めるハミルトンであったが、
後半では信じられないトラブルが続発。獲れるはずのレースを落とすことが多く、
ドライバーズチャンピオンシップはアロンソ、ハミルトン、ライコネンの3者が最終戦まで縺れ込む事となった。
(ただしライコネンは7P差があり、自力優勝の可能性は無し)

最終戦のブラジルGPは劇的なレースとなり、マッサの空気を読んだサポート、
ハミルトンが7位とポイントを大幅に落とすことでライコネンが大逆転。
2位のハミルトンと3位アロンソは双方ともライコネンからわずか1ポイント足りなかった。

アロンソに至っては雨の日本GPでのリタイアが無ければ・・・と悔やんでも悔やみきれない結果。
これがレースと言えばそれまでだが、F1ファンの記憶に残る年となった。